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サッカーにおける個人の解放〜哲学の道にて〜

  • 執筆者の写真: ランゲ浦池WEB担当
    ランゲ浦池WEB担当
  • 2020年9月9日
  • 読了時間: 4分

こんにちは。

 今回はサッカーの試合中の個人に焦点を当てた記事です。もっと言うと個人のための戦術の大切さについてです。何度も紹介している林舞輝さんの『「サッカー」とは何か』でボブ・ディランの「自由に音楽を作るのは難しい。テーマがあったほうがいい。そして、テーマは、なるべく短くシンプルな方が良いんだ。」という言葉を引用して戦術の大切さを説いてる1文がありました。それを読んだときはなるほどと思いつつも自分なりの解釈はできませんでした。戦術が大切なのは確かにわかることだけど、なぜかと言われたら明確には答えられなかったのです。しかし、哲学の道を実際に歩き考えを巡らしてみるとそれについての自分なりの解釈ができたのでそれをまとめてみます。

 個人のための戦術の大切さを理解するために説明しなければならないことがあります。それは散歩についてです。みなさんは散歩についてどう考えていますか。なんとなく歩いて、考えを巡らしたりぼーっとしたりするものとして捉えている人が多いと思います。明確な定義はないですが、僕が読んだ、タイトルも作者も忘れてしまった本には次のようなニュアンスのことが書いてありました。

 「日本には本当の散歩はほぼないと思われます。哲学の道ぐらいでしょう。なぜなら散歩のルートは決まったものでなければならないからです。決められたルートを歩くことで思考にのみ専念できます。ルートの選択などの余計な考えをしなくて済むのです。」

 これは実践していた人たちのことを考えるとまとを得ている内容だと考えています。結果的に哲学の道をつくった西田幾多郎やドイツ人(プロイセン王国)哲学者で近代哲学の祖と言われるイマヌエルカントはこのような散歩を好んだと言います。両者ともに哲学の巨匠と言える人であり、この散歩の有効性がわかります。(当然、他にもそうなる要因はあります。)

 僕はこのようなことを思い出しながら哲学の道を通りました。そしてサッカーとこの考え方をつなげてみました。

 「決められた散歩ルート」をサッカーで言う「戦術」、「散歩途中の思考」をサッカーで言う「個人のプレー」とすることができると考えました。つまり、戦術を決めることで個々のプレーヤーは自分自身の局面にのみ集中できるということです。局面を打開した後のことは考えなくていいのです。なぜなら戦術として他のプレーヤーがその後のプレーを決めているからです。メリットは2つあります。

 1つ目はボールホルダーについてです。目の前の局面にのみ集中できることでボールホルダーとしては頭の疲労についての点で恩恵を受けると思います。また、クリアな頭で打破しようとすることでスーパーなプレーも出やすくなるでしょう。

 2つ目は試合展開についてです。サッカーは考えることが多すぎます。臨機応変な対応はもちろん、その試合のためだけに作られた作戦を遂行しなければならないのです。このように考えることがありすぎると次のプレーへの移行に時間を要するでしょう。よって戦術を決めることはシンプルにサッカーするために必要なものだと思います。「その後を考えろ」と指導者は言うだけでなく、その後の考えをより少なくした状態でプレーさせることはスピーディーな展開へと持ち込めると思うのです。

 当然、注意しなければならないこともあります。それはプレーヤーそれぞれのスタイルを把握し、それぞれに合わせてフォローの仕方を変えなければならないことです。18人が出場可能選手であることが多いでしょう。そうすると18こも覚えることがあるのかと思うかもしれません。しかし、このことは当たり前に行なっていることです。「あいつならここに出てくる」と思って動き出すことはこの考え方を実行しているいい例です。だから、新しく覚えるのではなく、無意識にやっていたことを意識してやるようにするだけのことです。無意識ではなく、意識的に実行することで安定したパフォーマンスを発揮できるのです。

 最後に、またまた作者もタイトルも覚えてない本に書いてあったことを引用してこの記事を締めようと思います。(たしか斎藤環だった気がする。)「哲学というのは当たり前のことに客観的に向き合うこと。」僕は当たり前のことに気づくことはとても難しいことだと考えています。当たり前のこととは日常に溢れていて、身近で、目を向けることはないから探しに行かないと見つけることはできないことです。今回はプレーしているときに当たり前に行なっていることに目を向けてみました。このようなことを言語化して意識的に実行することが近年のサッカーでは重視されていることだと思います。これは自明性を疑うという哲学と同じことです。僕は最近サッカーは哲学の一種だと思っています。哲学の道でこのように思えたのは何か運命のようなものを感じます。

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